先日の記事で書いた、カラヤン時代のベルリン・フィルで演奏していたヴィオラ奏者、ディートリヒ・ゲルハルト氏。
ゲルハルト氏が祖父によく似ていたという、非常に個人的な理由で、私はカラヤン時代のベルリン・フィルを聴くようになりました。
広く知られているように、当時の日本におけるカラヤンとベルリン・フィルの人気は大変なもので、図書館へ行くと関連書籍が数多く並んでいます。
今回手に取ったのは、1984年に出版された『ザ・オーケストラ : 帝王カラヤンとベルリン・フィルの全貌』です。
この本には、当時のベルリン・フィル団員名簿が掲載されています。
ヴィオラの名簿を見ると、ゲルハルト氏をはじめ、以前の記事でご紹介したヴィルフリート・シュトレーレ氏、日本人初のベルリン・フィル団員・土屋邦雄氏など、カラヤン時代を支えたヴィオラ奏者たちの名前が並んでいました。
そんな中、一つ気になることがありました。
1984年の名簿に載っているヴィオラ奏者の中で、現在もベルリン・フィルの団員として活動している方がいらっしゃったのです。
その方の名前は、ヴォルフガング・ターリルツ(Wolfgang Talirz)氏。
現在65歳。ベルリン・フィル公式ホームページには現在もお名前が掲載されています。
1984年の名簿では、お名前の横に「新」の一文字。
1983年8月24日に入団したばかりの若手団員だったようです。
そこで、ベルリン・フィルの公式ホームページ記載の略歴を読んでみると、こんな一文がありました。
1980 – der Bratschist hatte gerade den Ersten Preis beim Bundeswettbewerb Jugend musiziert gewonnen – engagierten ihn die Münchner Philharmoniker, drei Jahre später wechselte er zu den Berliner Philharmonikern.
(1980年、全国青少年音楽コンクール「Jugend musiziert」で第1位を受賞。その年、ミュンヘン・フィルに迎えられ、3年後にベルリン・フィルへ移籍した)
……あれ? この時期のミュンヘン・フィルといえば……。
少し調べてみると、その頃のミュンヘン・フィルはセルジュ・チェリビダッケが音楽監督を務めていました。
つまりターリルツ氏は、チェリビダッケ時代のミュンヘン・フィルからカラヤン時代のベルリン・フィルへ移籍してきたことになります。
20代のうちに、チェリビダッケ、そしてカラヤンという20世紀を代表する二人の指揮者が率いたオーケストラに在籍していたことになります。これはすごい経歴なのでは……?
どうしてミュンヘンからベルリンへ移ろうと思ったのでしょう。
少し調べてみたのですが、それらしいインタビューは見つかりませんでした。こういう若い頃の経験についてのお話、ぜひ読んでみたいんですけどね。
そんなターリルツ氏も、約40年前、1984年の団員名簿では、まだ入団したばかりの若手奏者でした。
お名前の横には、ただ一文字「新」と記されています。
当時、その一文字を40年以上たってから追いかける読者が現れるとは、編集者もよもや想像していなかったでしょう。
出典・参考資料
・ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団公式サイト「Wolfgang Talirz」プロフィール
・ディーター・ブルーム 写真 ほか『ザ・オーケストラ : 帝王カラヤンとベルリン・フィルの全貌』,インターフェース,1984.10.
※本書を所蔵する図書館は、下記の国立国会図書館サーチより確認できます。

