【ベルリンの記憶】ベルリン訛りを聞いて涙した音楽家たち

ドイツ語

前回の記事では、ベルリン方言では ichick になることをご紹介しました。

方言は面白い。

そんな気持ちで記事を書いた後、ある一冊の本を読みました。

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のヴァイオリニスト、ヘルムート・シュテルン氏の自伝です。

その本のタイトルは『ベルリンへの長い旅 : 戦乱の極東を生き延びたユダヤ人音楽家の記録』。

この本には、ベルリンに生まれたユダヤ人として、戦乱と亡命の時代を生き抜いたシュテルン氏の人生が綴られています。

本の冒頭「わが町ベルリンとの再会」によると、1955年、シュテルン氏は戦後初めてベルリンを訪れました。

このとき、シュテルン氏はイスラエル・フィルハーモニー管弦楽団の団員。ベルリンには、楽団の同僚である元”ベルリンっ子”の仲間たちとともに訪れました。

ナチス政権下で故郷を追われた彼らにとって、それは亡命後初めての帰郷でした。

シュテルン氏は、その時の様子を次のように綴っています。

テンペルホーフ空港に到着し、ほかの乗客に混じって税関までの長い通路を歩きながら、そこらじゅうに溢れるドイツ語、それもベルリン訛りを聞いたとき、ホルスト(※)の目に突然涙がこみあげてきて、身を震わせて泣きはじめました。そしてとうとう、私たち四人とも、声をあげて泣き出してしまったのです。立派な大の男たちが。驚いたのは税関の役人で、「いったい、どうしたんだ」と尋ねました。「実は、私たちみんな、亡命後はじめて、いまベルリンに帰ってきたんです」と、私が答えました。役人は審査もせずに私たちを通してくれました。

※ホルストは、イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団のソロ・ホルン奏者、ホルスト・ザロモン氏のことです。

 

私はこの場面を読みながら、実家へ帰ったときのことを思い出しました。

地元の方言を耳にすると、不思議と心が温かくなります。

方言には、「故郷へ帰ってきた」という安心感があるのだと思います。

帰ろうと思えば帰れる故郷があること。

故郷の言葉を、恐れることなく懐かしめること。

そして、故郷と今の自分との間に、過去と現在が途切れることなくつながっていること。

シュテルン氏たちの歩んだ人生を思うと、それは決して当たり前ではありません。

シュテルン氏の自伝では、この後、困難続きの亡命生活の様子が描かれます。

現代に生き、故郷を喪失することなく、帰れば懐かしい方言を聞ける自分は、なんと幸福なのだろう。

読み終えた後も、その思いが静かに心に残りました。

 

出典・参考資料

・ヘルムート・シュテルン著ほか『ベルリンへの長い旅 : 戦乱の極東を生き延びたユダヤ人音楽家の記録』、朝日新聞社、1999年2月

※本書を所蔵する図書館は、下記の国立国会図書館サーチより確認できます。

ベルリンへの長い旅 : 戦乱の極東を生き延びたユダヤ人音楽家の記録 | NDLサーチ | 国立国会図書館
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