現代のドイツ語では、ヴァイオリンは Geige や Violine、ヴィオラは Bratsche、チェロは Violoncello と呼ばれています。
前回の記事では、ドイツ語でヴィオラを意味する Bratsche が、明治時代の独和辞典で「コキウノルイ」と訳されていることをご紹介しました。
では、ほかの弦楽器はどのように訳されていたのでしょうか。
気になった私は、引き続き辞書をめくってみることにしました。
最初に調べたのは「コキウ」を意味するドイツ語です。
- Geige コキウ(胡弓)
- Violine コキウ(胡弓)
- Fiedel コキウ(胡弓)
……あれ?Geige や Violineも「コキウ」だ。Fiedel(フィーデル)も「コキウ」。
さらに見ていくと、
- Armgeige コキウノナ(ガクキノ)(胡弓の名、楽器の)
- Baszgeige ヲヲヒナルコキウ(大いなる胡弓)
- Stockgeige チイサキコキウ(小さき胡弓)
- Sackgeige ゴクチイサキコキウ(オンガクニモチユル)(ごく小さき胡弓)
- Violon ヲヲヒナルコキウノイッシュ(大いなる胡弓の一種)
- Violoncello チイサキコキウノイッシュ(小さき胡弓の一種)
と続きます。
なるほど。この Armgeige は、以前書いた記事でも登場しました。Bratsche(ヴィオラ)の古い言い方として、Dudenに紹介されていた単語です。
大きい胡弓も、小さい胡弓も、ごく小さい胡弓までありました。
そして、現代のドイツ語でチェロを意味する Violoncello が、「小さき胡弓の一種」……?これもなにか歴史的背景があるのでしょうか?
さらに、楽器だけでは終わりません。弦楽器に関連する単語も「コキウ」で統一されています。
- Geiger コキウヲスルヒト(胡弓をする人)
- Violinspieler コキウヲスルヒト(胡弓をする人)
- Fidelbogen コキウノユミ(胡弓の弓)
- Violinsaite コキウノイト(胡弓の糸)
- Fiedeln コキウヲヒク(胡弓を弾く)
- geigen コキウヲスル(胡弓をする)
- vorfiedeln コキウヲスリテキカセル(胡弓を擦りて聴かせる)
……徹底しています。
もちろん、現代ではこれらの語は同じ意味ではなく、それぞれ異なる楽器名や用法、時代的なニュアンスを持っています。
当時はまだ、西洋の弦楽器になじみのある人は多くなかった時代です。
そんな中でも、この辞書の編集者は、当時の日本人に伝わりやすいよう「胡弓」を基準に説明しようとしていたのでしょうか。
140年以上前の翻訳者が、どんな言葉なら読者に伝わるか考えながら訳していた様子が、少しだけ見えてくるような気がします。
Bratsche を調べていたはずなのに、気付けば頭の中が「コキウ」だらけになっていました。
参考資料
- 井上勤編『獨和袖珍字彙』、明治18年
- Duden Online「Bratsche」
