先日書いた記事では、ドレスデンを中心とするザクセン州で、半導体分野の日独交流が活発になっていることをご紹介しました。
記事を書き終えたあと、「ドレスデンと日本には、ほかにも何かつながりがあるのだろうか」と気になり、もう少し調べてみることにしました。
そこで見つけたのが、秋田大学教育文化学部の海外研修報告書です。
研修先は、ザクセン州のドレスデンとフライベルク。
報告書によると、調査の目的は、明治時代に秋田で活動したドイツ人技師が日本から持ち帰った資料を調べることだったそうです。
半導体の次は、明治時代の鉱山技師へと飛びました。
そのドイツ人技師の名前は、アドルフ・メーツガー(Adolph Mezger)。
メーツガーは明治時代、お雇い外国人として阿仁鉱山(現在の秋田県北秋田市)の近代化に携わった人物だといいます。
さらに驚いたのは、その研修で調査された資料です。
メーツガーが日本から持ち帰ったとされる工芸品や絵巻が、現在もドレスデンやフライベルクに保管されているというのです。 以下、秋田大学教育文化学部の海外研修報告書から引用します。
ドレスデン人類学博物館の収蔵庫では、アドルフ・メーツガーが日本から持ち帰ったとされる コレクションを閲覧した。その中には、江戸時代の刀剣の頭(かしら)や笄(こうがい)、さらに七福神の布袋尊の銅像が含まれていた。この布袋像は「glück auf Hotei」(ドイツ語で 「幸運を祈る」を意味し、鉱山労働者の挨拶として用いられていた言葉)という名称で保存されていた。
……Glück auf Hotei?
「幸運を祈る布袋様」という意味なのでしょうか。
あるいは、鉱山労働者に向かって「ご安全に」とほほえみかける布袋様なのでしょうか。
また辞書をめくりたくなるドイツ語が出てきましたが、今回はいったん脇に置きます。
脇に置いたものは、たいてい後日ひとつの記事になります。
前回は「半導体」で日本とつながったドレスデン。
今回は、明治時代の秋田との意外な縁が見えてきました。
なぜ、メーツガーが日本から持ち帰った工芸品は、ドレスデン人類学博物館に収蔵されることになったのか。
というか、鉱山と半導体って……。
ドレスデンが半導体の街になった背景も、少し見えてきそうです。
メーツガーとは、いったいどんな人物だったのか。
調べ始めたら、ドイツ語の論文まで見つかってしまいました。
この続きは、また別の機会に。
出典・参考資料
- 秋田大学教育文化学部「フライベルク工科大学及びドレスデン民俗博物館(ドイツ)での滞在研修」(2025年9月11日~20日)

