黒澤明監督の映画『生きる』。
余命が長くないことを知った市役所職員・渡辺勘治が、自分の人生を見つめ直していく物語です。
※本記事では映画『生きる』の内容に触れています。未鑑賞の方はご注意ください。
好きな映画がドイツでどんなタイトルになっているのか、最近調べるのにはまっています。
今回は『生きる』。ドイツでのタイトルはこちらです。
Einmal wirklich leben
日本語題は、ただ『生きる』。それに対して、ドイツ語題には einmal と wirklich が加わっています。
それぞれの意味をドイツ語辞典Dudenで見てみました。
- einmal:「一度」、「いつか」など
- wirklich:「本当に」、「本当の意味での」など
- leben:「生きている(死んでいない)」、「ある仕方で人生を送る」など
私は最初、Einmal wirklich leben を「一度、本当に生きる」といった感じかなぁと思いました。私の映画に対する印象とも重なります。
ただ、einmal には「一度」だけでなく「いつか」といった用法もある多義的な単語。「一度、本当に生きる」とだけ訳してしまうのも、ちょっと違うのかも。
ちなみに、誰がどんな意図でこの題をつけたのかまではわかりませんでした。
さて、もう一度 leben に戻ります。
leben には「生きている(死んでいない)」だけでなく、「ある仕方で人生を送る」という意味もあります。
後者の用例には、
- gut leben(よい暮らしをする)
- anständig leben(まっとうに生きる)
- bürgerlich leben(市民的な生活を送る)
などがあります。ここでの leben は、単に「生きている」というより、「どのように生きるか」に関わる言葉です。
これを見て、主人公の渡辺を思い出しました。渡辺は、映画の最初から「生きて」はいます。でも、この映画が問いかけているのは、
Lebt er?
(彼は生きているのか?)
ということより、
Wie lebt er?
(彼はどう生きるのか?)
ということなのでは?と、ふと思いました。
さらに wirklich の項目を見ていると、こんな例文にも出会いました。
ihr fehlt eine wirkliche Aufgabe
彼女には、本当の意味での仕事(役目)がない
……これ、ihr を ihm (彼には)に変えたら、映画前半の渡辺さんでは?
以前の記事で、『車輪の下』を読みながらDudenを引いたとき、「書かれた言語を意識して文学を読んでいると、辞書の普通の表現まで作品に侵食されて見えてくる」と個人的な体験を書きました。
どうやら、映画でも同じことが起きるようです。
市役所に勤め、毎日仕事をしている渡辺には「仕事」はあっても、彼自身にとっての eine wirkliche Aufgabe はあったのだろうか、と考えてしまいました。
余命を知った渡辺は、それまで市役所でたらいまわしにされ続けていた陳情に向き合い、公園をつくるために動き始めます。
ドイツ語のタイトルが気になって辞書を引いていたら、最後には日本語の『生きる』という題そのものを、もう一度考えることになりました。
Einmal wirklich leben というドイツ語タイトル、やっぱり好きだな。私の解釈が当たっているかは別として、ですが。
出典・参考資料
- Duden Online「einmal」、「wirklich(Adverb/Adjektiv)」、「leben」
- Berlinale「Ikiru | To Live | Einmal wirklich leben」
