【映画とモーツァルト】映画の記憶は演奏にも残る? 『愛と哀しみの果て』とクラリネット協奏曲 イ長調 K.622

雑記

1985年公開の映画『愛と哀しみの果て』。私の好きな映画の一つです。

20世紀初頭、デンマークから英領東アフリカへ渡ったカレン・ブリクセンは、夫とともにコーヒー農園を営み始めます。やがて彼女は、自由を愛するデニス・フィンチ・ハットンと出会い、惹かれ合っていきます。

※本記事では映画の内容に触れています。未鑑賞の方はご注意ください。

 

今回注目したのは、劇中のモーツァルトです。

映画のデニスは、サファリへ蓄音機とモーツァルトを持っていく人物として語られます。

モーツァルト、物資と一緒に持っていくんだ……!

この冒頭で語られるデニス像も相当印象的なんですが、モーツァルトの《クラリネット協奏曲 イ長調 K.622》第2楽章アダージョが流れる中、アフリカのオレンジ色の空を背にたたずむデニスが映し出される場面が神秘的で、非常に美しいのです。

この人がこれから描かれる主人公の人生に深く関わっていくんだろうな、と予期させます。

そして、この冒頭の描写を裏付けるように、この映画、モーツァルトがたくさん流れます。

  • 《クラリネット協奏曲 イ長調 K.622》
  • 《ピアノ・ソナタ第11番 イ長調 K.331》より第3楽章「トルコ行進曲」
  • 《ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 変ホ長調 K.364》
  • 《3つのディヴェルティメント K.136、K.137、K.138》

なかでも印象的なのが、やはり冒頭に流れる《クラリネット協奏曲 K.622》第2楽章アダージョです。

 

この映画とこのアダージョについて、興味深い記事を見つけました。

2025年、ドイツのヴィオラ奏者ニルス・メンケマイヤー(Nils Mönkemeyer)氏が、BR-KLASSIKの記事で語った内容です。

メンケマイヤー氏は、《クラリネット協奏曲 K.622》について映画『Jenseits von Afrika(『愛と哀しみの果て』のドイツ語タイトル)』を挙げ、映画に登場する第2楽章アダージョについて、以下のように語っています(括弧内は筆者訳)。

Die Klarinette ist in diesem Moment für mich fast wie eine Engelsstimme, weil sie körperlos von oben herunterschwebt.

(この瞬間のクラリネットは、私にはほとんど天使の声のように聞こえます。まるで肉体を持たず、上空から舞い降りてくるようだからです)

ところが、そのヴィオラ版を自ら演奏するとなると、同じイメージではなかったようです。

Die Bratsche singt eher irdisch und von uns Menschen und nicht aus dem Himmel.

(ヴィオラはむしろ地上的に、私たち人間について歌うのであって、天上から歌うのではありません)

メンケマイヤー氏は、映画の場面で抱いたクラリネットのイメージとヴィオラの性格の違いを踏まえ、演奏の構想を「私たち人間が自らの憧れを歌う」と感じられる方向へ変えたと説明しています。

 

……私、ちょっと感動してしまいました。

映画だけがメンケマイヤー氏の演奏を決めた、と言うつもりはありません。クラリネットとヴィオラという楽器そのものの違いも、メンケマイヤー氏の説明の中にはあります。

ただ、映画の場面と結びついたクラリネットのイメージが、一人の演奏家の中に残ったこと、また、自らの楽器でこの作品を演奏するときの発想にも関係していることは、本人の言葉から読み取れます。

 

さらに2020年のBR-KLASSIKの記事では、この映画をモーツァルトの音楽が感情的な場面に使われた「最も有名な例」として紹介しています。

そして、《クラリネット協奏曲 K.622》第2楽章アダージョが、カレンとデニスの関係をめぐる中心的な音楽テーマになっていると説明しています。

これだけで、映画が《クラリネット協奏曲 K.622》の「聴かれ方」を広く変えたと証明できるわけではありません。

けれど、映画に使われたクラシック音楽が、逆に映画から新しい記憶を受け取ることはあるのでは? とふと思いました。

 

なお、この映画で使われた《クラリネット協奏曲 K.622》第2楽章アダージョは、下記YouTubeにて視聴することができます。

 

出典・参考資料

  • Out of Africa, Universal Pictures, 1985.
  • AFI Catalog「Out of Africa (1985)」
  • BR-KLASSIK「Mozartfest Würzburg: Darum spielt Mönkemeyer Mozart anders」( https://www.br-klassik.de/aktuell/news-kritik/nils-moenkemeyer-mozartfest-wuerzburg-artiste-etoile-100.html )
  • BR-KLASSIK「Mozart im Film – Playlist: Von “Amadeus” bis “Harry und Sally”」( https://www.br-klassik.de/themen/klassik-entdecken/filmmusik/mozart-im-film-amadeus-playlist-musik-kino-cinema-100.html )

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