磯崎康彦著『葛飾北斎の生涯と芸術意欲』という本を読んでいます。
展覧会で北斎の絵を鑑賞して興味を持って買ってみたのですが、学術書を読む基礎体力がないのか、とてもゆっくりと読み進めています。
正直に言うと、途中で力尽きてしまい、少し読むのをお休みしていました苦笑
再登山、スタートです。
「はじめに」では、北斎の晩年についても触れられています。
本書では、楢崎宗重『北斎論』が北斎の最晩年を「衰頽(衰退)」の時代としたことを紹介しています。
一方、著者は小布施での晩年の制作などに触れながら、「北斎は生涯作画に没頭し、制作に対する内在的動因である『芸術意欲』を絶やすことはなかった」と捉えています(p.11)。
これを読んで、私はひとつのドイツ語のことわざを思い出しました。
Man lernt nie aus.
(人は学び終えることがない)
私の手元の独和辞典には「人生修行に終わりはない」という意味が載っていました。
auslernen は「修業を終える」という意味の分離動詞。
ドイツ語辞典Dudenでは、Man lernt nie aus. を、経験を積むことをやめない、という意味のことわざとして説明しています。
学ぶ。経験を積む。そして、そこには終わりがない。
私はこのことわざを北斎に重ねたくなってしまいました。
また、北斎自身も、75歳ごろに刊行された『富嶽百景』初編の跋文(あとがき)で、自分の画業を振り返っています。
そこでは、70歳以前の作品について厳しい自己評価をしたうえで、
- 80歳になればさらに進み、
- 90歳ではなおその奥意を極め、
- 100歳になれば神妙の域に達するのではないかとし、
- 110歳になれば、一点一格が生きているようになるだろう
と記しています。
こうした文章を読むと、「北斎は年齢を重ねても、まだその先を見ていたのかな」と考えたくなります。
ただ、私が読んでいるのはまだ「はじめに」まで。読み進めるうちに、北斎の晩年に対する印象は変わっていくかもしれません。
そうは言うものの、75歳になってなお「この先」を語っている北斎を読んでいると、私は Man lernt nie aus. を思い出します。
北斎とこのドイツ語のことわざを重ね合わせたのは、ドイツ語の先生がおっしゃっていた「感情と一緒に覚えると、定着しますよ」という言葉の、私なりの実践でもあります。
ところで、この本の「はじめに」には、ドイツ人のシーボルトや1873年のウィーン万国博覧会も登場します。
どうやら、この本にはまだ別のドイツ語寄り道の種もありそう。
寄り道の文脈で、またこの本に触れていくかもしれません。
出典・参考資料
- 磯崎康彦 著. 葛飾北斎の生涯と芸術意欲, 玲風書房, 2025.11. 978-4-947666-87-1.
- 根本道也ほか編集・執筆『アポロン独和辞典』第5版、同学社、1998年2月
- Duden Online「auslernen」
- 島根県立美術館の浮世絵コレクションホームページ「北斎の画歴 | 画狂老人卍期-新たな画境へ挑む-」
