【北斎とドイツ】浮世絵と日蘭貿易、その中にいたドイツ人シーボルトの経歴を軽ーく調べてみた

日本とドイツ

先日の記事にも書きましたが、現在、磯崎康彦著『葛飾北斎の生涯と芸術意欲』という本を読んでいます。

さすがに学術書ということもあり、前提となる知識の絶対量が不足していて、ゆっくりと読み進めざるをえません。

そんな中、今回もう少し深く知りたいなぁと思ったのが、シーボルト。

ドイツ出身で、江戸時代にオランダ側の医師として来日し、北斎の作品を収集した人物です。

 

本書の「はじめに」では、浮世絵が西欧へ持ち込まれた初期の経緯として、出島に滞在したオランダ人について触れられています。

そこで名前が挙がるのが、ブロムホフ、フィッセル、そしてシーボルト。

オランダ人、オランダ人、ときて、最後のシーボルトはドイツ人なのです。

え、なんでドイツ人?と少しだけ思ったのですが、調べてみると、シーボルトはオランダ側の軍医として日本へやってきた人物でした。

当時、ドイツ出身の医師がオランダ領東インド軍の軍医になること自体は、特に珍しいことではなかったようです。

 

ここで、シーボルトの経歴を軽く見てみます。

シーボルトの正式な名前は、フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト(Philipp Franz von Siebold)。

  • 1796年、現在のドイツ・ヴュルツブルクに生まれる
  • 1822年、オランダ領東インド軍の軍医として日本へ向かうことを決める
  • 1823年、医師として来日し長崎へ、1829年まで滞在

こういう経緯で、日蘭交流の話にドイツ出身のシーボルトが登場するわけですね。

日本史でいえば、光格天皇の御代に生まれ、仁孝天皇の御代に来日した人物、というイメージです。

 

そして、今回本書で言及されているシーボルトと北斎の関係。

著者は本書の中で、シーボルトが北斎の肉筆画・版本・版木などを持ち帰ったと記しています。

オランダ・ライデンにあるシーボルトハウスの北斎展「Hokusai 250」の解説でも、シーボルトが北斎の版画や書籍を収集していたことが記されています。

オランダで北斎が語られているのを見ると、本当に北斎の作品が海を渡ったんだなぁとしみじみ……。

 

ちなみに、シーボルトの故郷ヴュルツブルク(Würzburg)は現在のバイエルン州フランケン地方にある都市だそう。現在は日本の都市との交流が盛んなようです。

  • 滋賀県大津市:1979年から姉妹都市、ヴュルツブルク出身の詩人マクス・ダウテンダイの作品を縁に交流
  • 長崎県長崎市:シーボルトが滞在した街で、2013年から友好都市
  • ヴュルツブルク:シーボルト博物館や日本庭園「近江の庭」が所在

シーボルトとマクス・ダウテンダイ。ヴュルツブルク出身の二人の足跡が、それぞれ違った形で現在の日本との交流につながっているんですね。

特にドイツに行く予定もない私なんですが、ヴュルツブルク、ちょっと行ってみたくなってきました。

でも、その前にシーボルトが日本に残した足跡をまずたどりたいなぁ。

こんなことを考えながら、今日も書籍の読み込みは遅れていくのでした。

 

出典・参考資料

  • 磯崎康彦 著. 葛飾北斎の生涯と芸術意欲, 玲風書房, 2025.11. 978-4-947666-87-1.
  • Siebold-Museum Würzburg「Philipp Franz von Siebold」
  • Japanmuseum SieboldHuis「Hokusai 250」
  • 在ミュンヘン日本国総領事館「ヴュルツブルク訪問」、「シューハルト市長、シーボルト協会訪問」
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